#1 毘沙門天善國寺 嶋田堯嗣住職に聞く

神楽坂通りのほぼ真中に鎮座して、数百年のまちの発展を見てきた毘沙門天善國寺。その境内に特設ステージを設け「講釈場」に見立てるなど毘沙門天善國寺は、「神楽坂まち舞台・大江戸めぐり」の重要な場所としての役割を果たしてきました。通りに面した劇場空間は、そのまま江戸へタイムスリップしそうです。第1回目から、メイン会場としての使用に理解と協力をしてくれた住職の嶋田堯嗣さんにお話をうかがいました。

――このイベントに関わったきっかけはどんないきさつですか?

一番最初は、NPO法人粋なまちづくり倶楽部の日置さんがうちにいらして「神楽坂のまち中でイベントをやりたいので場所をお借りしたい」というお話でした。最初は「なんでうちなのか?」わからない部分もあったのですが。お話をうかがっているうちに納得をしました。うちはお寺ですから、お経はいつも読んでいますよ。そのお経の中に仏様の世界を描写しているところがあって、そこには美しい花園、美しい森、大きな建物などいろんな世界が出てきます。天上界には宝の花の咲く草木が咲き誇り、音楽とか舞踊とかが演奏されていて、天からは曼荼羅という花びらが舞い落ちて、仏様の上に降り注いでいる。天の鼓があちこちから鳴り響き……。といった描写がお経の中にちゃんとあるのです。ですから、音楽とか舞踊とかをお寺でやるのはもともとご縁があると思っています。ですから会場になることに賛同しました。

――神楽坂のまちの中心としてたくさんのイベントが実施されていますが?

神楽坂の夏祭りでも、以前から境内にやぐらを組んで、さまざまな歌や音楽で祭りを盛り上げる演出はありました。これらは地元の商店街が主催しているもので古典芸能の時もあり、歌謡曲の時もあり、和太鼓の演奏の時もありましたね。でもこのイベントは、祭りを盛り上げるためのものではなく、古典芸能そのものをまち中で楽しんでもらうというものだから、そこが新しいですね。毘沙門天善國寺は、まちとのつながりを大切にしたい思いから、こうしたイベントはできる限り協力していきたいと思っています。とはいっても、ご存知のようにうちは土地の面積が狭いので、大々的なことはできません。逆にいい点は、表通りに面しているので、何かやっていると通行している人の目にすぐ入ってきます。その点は恵まれています。

神楽坂楽座小

――実際に会場となってみて、どんな思いをされていますか?

もう6年目になりますが、実際にやっていくうちにお互いのやり方がわかってきますので、こちらからの注文は遠慮なくはっきりとお伝えして、修正できる点は修正してもらっていますから何も心配はしていないのですが、毎年開催される11月はお寺の七五三の時期と重なるので、音を小さくしたり、音をいったん止めてもらうなどしたことはあったと思います。一つ注文させてもらえば、開催時期はお寺の行事の多い秋ではなく、春の5月頃にお願いしたいですね。

――歴史と伝統のあるお寺として、まちのイベントとどのように関わっていかれますか?

毘沙門天善國寺は戦災で全焼してしまいましたが、毘沙門像など大切なものは全部千葉勝浦に疎開していたので無事でした。石造の狛虎像も火災の熱で一部こわれましたが、なんとか残りました。そして昭和26年に木造の小さな本堂を建てたのです。しかし、参拝にいらした方から「これがあの天下の毘沙門天か」といわれるぐらい質素だった時があったのです。それを昭和46年に建て替える時、さらに平成5年に山門などをつくる時も神楽坂の商店街をはじめ地元の方々に助けてもらい、やっとこの寺も大きくなれたのです。まちの発展と一緒に栄えてきました。「寺がよくなればまちもよくなる」という地元の方々に支えられて来た歴史があるのです。そのありがたい思いに応えていきたいと考えています。さまざまな人が参集する場所として、伝統芸能の会場として、お寺とまちが一体となって発展していくことが理想だと思います。

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